意味認知症(Semantic Dementia)と道具使用との関係

意味認知症(semantic dementia: SD)というのはfronttemporal lober degenerationの一種で、両脳半球の前側頭葉(anterior temporal lobe: ATL)の組織が委縮し、物事の意味全般が徐々に失われていく症状を言う。ATLは該当する頭皮の位置で言うと、耳のちょい上、かつちょい前あたり。と言ってもわかりにくいと思うので、目じりと耳たぶを結ぶ線をつくって、それを底辺とする正三角形の頂点が大体ATLのあたり、ってとある専門家の方が言ってた。側頭葉の一番前のほう先のほうである。それでtemporal poleともいわれるわけです。

で、temporal poleは実はさまざまなモダリティの情報を統合してamodalな意味表象を形成している重要な領域なのではないかということが言われていて(この理論はPatterson et al., 2007でNature Review Neuroscienceに載ってる。ちょい長い。)この損傷によってSD患者では意味認知が損なわれるのだと説明される。

SD患者は日常使う道具の意味も失われるわけだが、これによって道具の使用が全くできなくなるかというとそうでもないことがある。なので道具の使用はconceptual knowledgeとは独立に成立しているのではないか、ということが言われてきた。
(道具の機能-functionと操作-manipulationの知識の乖離、Buxbaumとか*)
ところが、反対の立場としては、よりsensitiveな道具使用の課題を使えば、概念の失われる程度にしたがって、道具の使用もまたある程度障害を受けることがわかる、とBozeatらが主張した。こちらのほうがBuxbaumの個別の事例報告よりも、研究に参加した患者さんの数が多いし、item-baseで相関分析をやって、道具の意味認知の課題と道具使用の課題が高い正の相関をもつことを示している。つまり意味が失われてしまった道具は、それを使うのも難しくなるということ(Bozeat et al., 2002)である。




*必ずしも意味認知症ではなく、他の病因で側等葉前部の損傷された事例も含め、報告している。strokeやAltzheimer’s disease, corticobasal degenerationなど。


Prof. Jay McCllelandの講演

を聞いたので忘れないうちにメモする。内容の著作権は彼のグループにありますので引用等お控えください。

といっても100パーセント理解したわけではないので、公演中自分で取ってたメモに基づいた自分用備忘録です。
かなりぐだぐだ。

基本的にMcClleland教授は最近、カテゴリーがどのようにして生じてくるかをPDPモデルを用いて研究。
Emergence of meaning through gradual learning in response to everyday experienceとでも言うといいか。

まず注目されるのは発達的にカテゴリーが漸次的に分化してくるという点。まずはliving/non-livingの分類に始まって色に基づいたカテゴリやら、翅をもつかどうかとか、より細かいfeaturesによる分類がなされてくる。子どものカテゴリは大人のに比べておおざっぱらしい。
PDP上でback propagation (教師信号による習)をすると、このgradualな分化がepochが進むにしたがって発現してくるとのこと。

アニメーションでカテゴリが最初未分化なものが順次枝分かれする様子を見せてくれた。最初は生物と無生物にわかれて、そのあと動物と植物やら、多分無生物のほうは建物と道具ととか、サブカテゴリーに分かれて言ってた。おそらくカテゴリごとの信号の平均か何かを二次元上にプロットしてそれをepochごとにみせてるんだろう。

で、Naive Bays Clasifier Model (Grosse & Glick)というのが出てきてた。
たぶん学習方法がバックプロパゲーションでなく、ベイズ統計のルールか何かに基づくものなんだと思われ。

でsimilarity matrixをだしてくる。この辺から少しついて行けない。
reorganizationであるとかなんとか。でコンテクスト依存の情報もかかわると言ってた。ただそれがなんかふるい認知モデルに基づくPDPで、コンテクストっていうのが鳥は動物であるとか、羽をもつとか、飛べるとか、動物であるとか言う時の動詞(is, has, can)をノードにしてPDPモデルに噛ませてなんかやってるっぽいんですな。その辺の心理学的実体はどう検証されるのかちょっとわからなかった。そしてmetaphorical groundingというよりアブストラクトなsimilarityも生じるはず云々みたいなことを言って終わった。

こうしてみるとよくわからん。とりあえず印象的だったこととして、

There is no absolute category. Categorization is consequence of the statistics of experience.

ということを言っていた。たぶんそれが彼らの重要なセントラルドグマなんだろう。カテゴリ認知がemergentなものであることについては自分も納得した。あとカテゴリ分化が全部のカテゴリに対して一気に起こるのではなくsuper-ordinateなものからsub-ordinateなものにと徐々に分化していくというところも子どものデータとPDPの結果とを合わせて報告していて、説得力があったと思う(確か両方グラフに出してた)

経験に基づいてカテゴリ分化するっていうことは人によってカテゴリがばらばらになりそうだけど、どのようにして人々の間でカテゴリのパタンがshareされているのかっていう質問を思い切って(トーク終わった後でこっそり)してみた。答えとしては、「それには言語や文化的なものも影響しているだろう。たとえば他の人のカテゴライゼーションを聞いて分類するとか。」子供が両親に教えられるようなものかと聞いたらそうだって言ってた。

自分の中での結論としては、categorizationはまず生後の経験により生じる。そしてそれは自分自身の五感による経験だけではなくコミュニケーションレベルでの調整によっても決定されるのだと理解した。
でもスイカは野菜と言われても納得できないしなあ。生の経験に基づく分類と社会通念上の分類ってぶつかる場合もあるんじゃないだろうか。自分の脳のIT野かどっかのsimilarity matrixを作ったら、スイカとトマトよりもスイカとメロンのほうが似てる可能性はある。innateなレベルで、人間の神経システムは積極的に自分の経験でcategorizationを試みるようになっているのではないだろうか。んで社会的には他の基準に基づいた分類をしてるように見せるという。そんなことがありそう。

なんかすごいぐだぐだ。しっかり勉強した方がいいな。PDP多分やんないけど。








Journal Club (Kotz et al 2010)

Lexicality drives audio-motor transformation in Broca's area
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/sites/pubmed
を紹介した。

phonological rhyming paradigmというのを用いてBroca野がSpeech perceptionにおいて持ちうる役割を検証
motor theoryと言われるやつですね。誤解を恐れずに言えば内的発音が他者の発話の理解を助けているという話がしたい研究者の一群が現在いるわけです。それにストップをかける一群もまたいるわけですが。

プライム語(単語/非単語)を提示した直後にターゲット語(単語/非単語)を提示し、その語彙性判断(lexicality judgment)を行う。

この課題を用いて行動実験、TMS、fMRIの3種類の実験を行っている

<行動実験>
両刺激のの韻が同じであれば全体に判断が促進される。しかし非単語同士のペア(pseudo-pseudo)の場合はこれが生じない。
語異性判断ではなく、語の最後の母音の識別でもこの効果は生じた。


left IFGをon-line, single-pulse TMS適用して同実験を行う。
(なぜか)行動実験で一番プライミング効果の差が大きかった単語ペアと非単語ペアの比較のみを採用。
Broca野へのTMSで非単語ペアでもプライミング効果が見られるようになり、単語ペア条件と非単語ペア条件間の差がなくなった
(Fig2)


ここでも(なぜか)単語ペアと非単語ペアの比較のみを採用。
単語ペアではIFGが活性化、非単語ペアでは(韻のない場合において)STGが活性化。

IFGは語彙性と結びついてspeech perceptionの処理に関与している。


以下意見等
語異性判断課題への、直前呈示後の韻によるpriming効果(そしてその条件間の違い)が何を意味するのかが不明のまま実験を進めているため、説得力に欠ける、という意見が出たがそう思う。

rhyme paradigm等せずそのまま語彙性判断にTMSonIFGが影響するか、fMRIで活性が見られるか、を調べればよかったのに、と思う。なぜ語彙性判断なのか、主題から思うにもっと発音よりの課題でもよいのに、ということも言われていた。

TMSの結果がrhymeとno-rhymeの差分の実を図示しているため、実際のTMS効果が抑制(RT増大)だったのか促進(RT減少)だったのかわからない。

語彙性判断で、word-pairとpseudo-ward-pairではそもそも反応が逆(yes/no)だし行っている処理が違う(word finding vs. confirmation of absence of the pseudo-word in mental dictionary)だろうにんぜそれらを比べるか、という批判的な意見も出された。

Motor Theoryについてはよりシンプルな実験で白黒決着がつくことを望む。個人的には単一の後の呈示で音韻的判断を求め、それがIFGへのTMSで阻害されるかどうかを見る、などのほうがよいと思う。もしかしたらもうすでにあるのかもしれない。というかありそう。
語彙性による違いを見るのに語彙性判断を求めるのはよくないなと思った。単語か非単語かでtop-down processが質的に異なってしまうはずだというのがその理由。音韻判断などにしてimplicitに語彙性操作をする方がよい。

There are much more possibilities to test this hypothesis, definitely including more straightforward ones.
Though, I do not think I would like to get into this area of research...









失読症、難読症の分類

dyslexia が難読症
alexia が失読症

というように辞書では記される。

pure alexia が純粋失読
pure alexiaでは書字はできても読むことができない
左のBA40 (Angular Gyrus)皮質化の連絡路の損傷でpure alexiaが生じるとの主張がある(山鳥1984; 未確認)


さらに3つの失読症分類もある。
phonological dyslexia 音韻失読
surface dyslexia 表層失読
deep dyspexia 深層失読

phonological dyslexia
単語を読む、非単語を書き写す、はできるが、非単語を読むことができない。
例えばmustは読めてもnustという非単語を読めない

surface dyslexia
低頻度後の読みができない(yacht等)
意味の誤りはない

deep dyslexia
非単語の読みができない、かつ意味性錯読(semantic paralexia)を起こす。
dogをcatと読むなど


以上ウェブ上での関係資料を読んでのメモ


Brain shuts off

I found an article in the "New Scientist".

turn to = 参照する、調べる
devout = 敬虔な [divaut] very religious, deeply religious
scepticism = skepticism

pentecostalistとはキリスト教の会派の中でも奇跡などを信じる会派らしい。
その人たちが権威ある宗教者の祈りの言葉を聞いているときに、前頭葉の活性化が低くなるというお話。
盲目的に権威のいうことを信じるって事態は宗教に限らず他にもありそうだよねー、ということだそうです。
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